結局は回顧録
生まれてはじめてと言っていいぐらい、流行りに乗った。
正確に言えば「乗せてもらった」かもしれないけど、あえて「乗った」と言わせてほしい。
良くも悪くも世間の話題になっている、「Clubhouse」に招待してもらった。
音声版Twitterと呼ぶ声もあったが、シンプルな集団電話と表現した方が個人的にはしっくりくる。
人見知りで、とにかく友だちが少ないわたしは同業の知り合いが欲しかったので、友だちに「招待して」とお願いしたのだ。
初日は全然誰とも話せなかったけど、日が経つほどに話せる人が増えてって、ギャルもオカマもみんな友だちって感じ。
IT業界の知り合いも増えて、部屋によってはモデレーターにしてもらってワイワイ話したりして、びっくりするぐらい人脈が広がっていくのを感じた。
服が散らかった部屋で、ダッサい服を着て、ボサボサ頭に世界中の不幸を集めたような顔をしていても、人とやりとりできる新しいツールを手に入れたわたしは今、友だちづくりに邁進している。
無職の特権、と勝手に長い夏休みを謳歌しているのだ。
1社目はブラック企業で、上司のパワハラとモラハラで円形脱毛症ができて辞めた。
2社目は正社員になっても時給制のまま、昇給とかいろんな基準が不明瞭で辞めた。
3社目は契約社員だったけど、とにかくお給料が安くて残業代も出ないから辞めた。
長くて1年半、短ければ1年勤めてなかったぐらい、転々としていた。飽き性な性格が災いしたところもある。
幸い実家もあって、父母も元気。わたしも身体は丈夫だから(一時期禿げており、精神的にギリギリだったが)、少しゆっくりすればケロッと蘇った。
職歴も学歴も最悪で、資格もスキルもない。強いて言うならコミュニケーション能力は評価してもらえる程度の、凡人も凡人だ。意識高い系でもなければ、自分を発信しようなんてしたこともない。出された料理はいつも写真を撮る前に食べてしまうし、そもそもスマホの画像フォルダなんてオタクな画像で溢れている。
だから手に職をつけたかった。飽きなくて、なるべく難しくて、自分の能力や技術にお金がついてくる仕事。
そうだ、IT系だ!
そう閃いたが、コロナ禍で何の知識もスキルもない中で転職するのはさすがにまずい。とはいえ、独学で勉強するのには限界がある。
そんなとき、いつもわたしのネイルを担当してくれているお姉さんが職業訓練学校の存在を教えてくれた、夏のある日。
すぐさまわたしは飛びついて、何とか職業訓練を受けられるようになった。Java対わたし、日々戦いを繰り広げながら、最後は肩なんか組んじゃったりして、職業訓練学校も無事卒業してしまった。
いよいよ無職が加速して、その間に少し精神的に不安定になったりもした。
クリスマスを前にして、先の見えない不安にはじめて恐怖したのだった。
書類選考も含めたら、秋から70社以上は受けてきたのではないか。
これまた生まれてはじめて真面目に就活したものだから、慣れない学習内容と未経験分野への転職のための準備も重なって、かなり疲弊したことを覚えている。
途中、内定は出たものの「やっぱ違うな」と感じて辞退したり、内々定として保留してもらえたものの、コロナのせいで案件が減ってしまってすぐには採用してもらえなかったり。もう少し頑張ろう、と自分を鼓舞しながら就活した。
採用サイトを使っているくせにうんともすんとも言わない企業も意外と多くて、いよいよ自分に価値がないのではないかと傷付いた。きっと相手は何とも思ってないのだろうけど、その企業にはきっとお世話になることはないと思う。
ウンウン苦しみながら就活を続け、内定を断ったことを後悔しそうになりかけたころ、先日ついに内定が出た。
しかも私服で、某ソフトクリームの乗ったデニッシュパンが美味しい喫茶店で30分ほど話をしただけ。
それでも「4月からよろしくお願いします」と頭を下げてくれた未来のボスに、わたしは何としてでも恩に報いなければと感じた。
新しい会社は今まで受けた中で2番目に待遇が良かった。途中で折れなくて良かったと心底感じた。
小さな会社だが、「鶏口となるも牛後となるなかれ」の精神を持ち、自己研鑽に励みたいと思っている。
さっそく設定した社用メールアドレスがすごく嬉しくて、メールのフォルダを何度も眺めた。
就職先が決まって次に不安になったことがある。とにかく何も知らなさ過ぎるのだ。
知り合いにIT系の仕事をしている人間はいないし、SNSも真面目にやっていないものだから、自分のこれからについて一緒に考えてくれるような相手がいない。もちろん彼氏だっていない。
試しにTwitterを検索してみたが、意識高い系のようなハッシュタグのオンパレードにビビったわたしはフォローを諦めた。
勉強会に参加しようにも、業務の話云々とやらで、会ったところで何を聞いて良いのかすら分からない(今振り返ると、きっと何でも答えてくれたんだろうなとは思うけど。決めつけてごめんなさい)。
そして冒頭へ戻る、というわけだ。
「Clubhouse」まだまだ気の利いたことも言えないし、専門知識だってまったく持ち合わせてもいない。Javaなら多少分かる程度だが、Logicがうまく動かなかった人間なので、信用度は低い。
それでもわたしの話を聞いてくれる人がいる。緊張してしまって、アドバイスすべきときに就活の話が抽象的になってしまったりと、失敗したなあと感じることもあるが、良い経験だと思う。
セキュリティ的に些か難はあるらしいものの、きちんと改善されることを祈っている。
生まれてはじめて乗った流行りは何ともむずがゆいが、この感覚も悪いものでもないな、と感じた。